レインウェアにまつわるよくある誤解と言いましょうか、「不都合な真実」と言いましょうか、こんなことを書くとたくさんのメーカーさんに怒られるかもしれませんが、「絶対に濡れない雨具」はありません。いくら防水性に優れた生地でも、長時間激しい雨にさらされれば毛細現象により生地の表面をつたって袖口や首回りなどから水が侵入してきますし、ショルダーハーネスなどの圧力のかかる部分から水が染み込んでくるのも避けられません。さらにいくら透湿性に優れた生地でも、ある程度の荷物を背負って激しいハイクアップなどをすればあっという間にウェア内は湿気でいっぱいなり、たとえ雨は防げても汗で濡れてしまいます。
ならば「ある程度濡れる」ことを覚悟し、その上で低体温症になるほどずぶ濡れになってしまうことを避け、ある程度の保温性と快適性をキープすることがハイキングにおける雨対策の現実であり肝なのですが、アウトドアマーケッティングにおける「完全防水」という信仰はあまりに強固で、なかなかこのような基本的な事実が行き渡っていないのが現実です。筆者などは、「濡れない雨具はない」ことを認めた上で装備を考えた方が、より現実的かつ安全な雨対策が図れると思うのですが……。
そんななか、ある日本のアウトドアメーカーが面白い試みを続けています。なんと彼らは、「ウチの雨具はある程度濡れます」ということを認めた上でものづくりをしているのです。
彼らの名は AXESQUIN。Mountain Equipment や Exped など海外ブランドの輸入代理店をしつつ、80年代初頭からオリジナルブランドでのものづくりも続けてきた老舗メーカーですが、数年前からデザインラインを刷新し、非常にユニークで意欲的なウェアを連発しています。さらに今年からは自分たちの提案する山歩きやものづくりやコンセプトを「凌(しのぎ)」と名付け、いよいよその個性が際立ってきた感があります。前置きが長くなってしまいましたが、今回はそんな AXESQUIN のプロダクトのなかから、雨を「防ぐ」のではなく「凌ぐ」ことに主眼を置いた、面白いレインウェアたちを紹介していきたいと思います。
驚くべきシンプリシティ&オリジナリティ。ツユハラヒ
まず紹介したいのが、以前にもgearedでピックアップしたことのある ツユハラヒ と呼ばれるレインスカートともレインチャップスともつかぬ、なんとも珍妙な一品。一見、腰巻エプロンのような構造なのですが、スナップボタンをとめることにより、ハーフパンツのようにもなるのです。
通気性の高いレインスカートは蒸れ対策としては非常に有効なアイテムですが、反面足さばきの悪さや下山時に足先が見えにくいという欠点があります。それを徹底的に考え直してみた結果だとのことですが、拍子抜けするほどシンプルな構造ながら驚くほどのオリジナリティに溢れたプロダクトに昇華されています。
これなら突然の雨にもサッと取り出して素早く装着できるし、スナップボタンをとめれば足さばきも問題ありません。ゲイターを愛用している人やメッシュのトレランシューズで足が濡れることを織り込み積みの人なら、この6分丈も気にならないでしょう。背面が大きく開いたデザインは誰もが気になるところですが、背面はザックが屋根代わりになる&前へ前へと進んでいると頭で考えるほど濡れない、とのことです。しかも重量たった71gとレインパンツとしては最軽量レベルを達成しているのですから、万人にお勧めはできませんが、一部の好事家にとってはこれを持ってどんな山へ行くか、思わず考えてみたくなるようなプロダクトではないでしょうか(ツユハラヒの写真のモデルを務めていただいた某メーカーオーナーがそう言っていました)。
レインウェアの新しいスタンダード!? アメノヒ
続いてご紹介する アメノヒ は、言わばレインジャケットとポンチョの合いの子のような構造の、ロング丈の防水アノラック。マニアックなULハイカーなら、Hiker’s Depotの土屋智哉さんが昨年夏に奥多摩の雲取山から北アルプスの立山までスルーハイクをした際に携行したレインウェアであることを知っている方もいるかもしれません。
土屋さん愛用だけあって、重量も超軽量。2.5レイヤーのPERTEX SHIELDを使用しながら216gしかありません。昨今は100g台のレインシェルも珍しくありませんが、レインパンツを携行しなくて良いことを考えると、充分にウルトラライトと言えるのではないでしょうか。そんな軽量さのためポケットがひとつもないシンプルな構造ですが、長めに配置された2ウェイのフロントジッパーのためシェル内部のポーチやポケットなどにもアクセスしやすく、足元から着たり脱いだりできるので着脱も意外なほど簡単です。また着てみるとわかるのですが、身幅がゆとりをもって作られているのでシェル内部に風をはらむような感覚があり、セパレートのレインウェアより通気性の面でかなりのアドバンテージがあることが伺えます。
アメリカのスルーハイカーのなかではレインスカートに底を切ったゴミ袋を使用する人が多いと聞きますが、そんなハードコアなハイカーにとっても、アメノヒはひとつの回答と言えるのではないでしょうか。しかもシンプルな筒状なので就寝時には簡易的なシュラフカバーにしたりグラウンドシートにしたり、アイデア次第で様々な使い道がある点もスルーハイカー好みと言えそうです。
でも自分はそんなハードコアなハイカーじゃないし、普段街で着れそうもないシェルには手が出せないなぁという人には、こんな裏技もあります。裾のドローコードを腰で絞って余った布を巻き込むと、普通のアノラックのようにも着れるのです。この状態で筆者も6月初旬の甲武信ヶ岳でのハイキングでウインドシェル代わりに来ていましたが、幅広の身幅のためとても快適でした。
これで北アルプスの稜線で激しい風雨にさらされるには不安もありますが、それ以下の山域ではレインウェアの新しいスタンダードになりうる……と言ったら言い過ぎでしょうか。でも、それくらい可能性のあるシェルだと筆者は思っています。
和服から着想を得たレインコート、カグヤ
さて ツユハラヒ、アメノヒ と見てきて、読者も AXESQUIN 独特のネーミングセンスに気づいたかもしれません。「和」なテイストのそれは、日本ならではの温暖湿潤な気候風土な環境に根ざしたアウトドアウェアを作りたいという意思の表れだとのことですが、そんな AXESQUIN の「和」テイストの代表が、その名も カグヤ と名付けられたレインコート。
一般的にスポーツライクなデザインの多いレインウェアの中で異彩を放つそのシルエットは、被布(着物の上に着用する上着)を元にしたのだとか。着物のパターンを踏襲したことにより畳んだ時も嵩張りにくく、肩幅にも余裕が生まれ動きやすく、サイズが多少大きかったり小さかったりしてもサマになるそうです。
最大の特徴である前合わせの紐により通気性を確保しているとのことですが、ジッパーレスのデザインは着心地も良さそう。さらに軽量化にも貢献していて、3レイヤーのPERTEX SHIELD+を採用しながらわずか211gしかありません。ともあれ最大の魅力は、何よりこの可愛さですよね。雨の日に カグヤ を着た女子とすれ違ったら、筆者は間違いなく振り返ります(断言)。
いかがでしたでしょうか。いずれもジメジメした梅雨の雨が続いても、いや雨だからこそ山に行きたくなってしまうようなレインウェアではないでしょうか。最後に、AXESQUIN の名物広報マンである新井知哉さんのコメントでこの項を締めくくりたいと思います。こんなに個性的なウェアばかりを作っているメーカーがあるなんて、日本のアウトドア文化って実はすごく豊かなんじゃないか……そんなことすら思わせてくれるAXESQUIN に、これからも注目です。
「AXESQUINは創業以来、一貫して日本のアップダウンが激しくて雨の多い、湿度の高い環境に適した服を作りたいと思ってきたんです。そうすると、いちばんの敵は雨より汗。もう、汗に対しては怨念のような思いがあって、汗対策をここまで考えてきたメーカーはあまりないんじゃないかな(笑)。山でのもうひとつの敵は風で、ところが汗を乾かすのも風ですよね。雨が降って来たからってシャットダウンすると、ウェアの中は絶対に蒸れる。だから完全防水を目指すより、多少濡れても、そこにちょっと隙間を開けて風を通してやる方が合理的なんじゃないかという考え方に行き着いたんです。雨を「防ぐ」のではなく「凌ぐ」という考え方ですね。自分たちは作っているものも山の趣味も、色んな意味でマイノリティー(笑)。でも、近所の山でも享受できるような、まだ顕在化していない里山の楽しみというのがあると思うんですね。ガイドブック通りのコースを歩くだけじゃなく、気に入った場所があったらお茶を沸かしてハンモックで寝るような、自分たちで積極的に遊び場を見つけられるような人が増えて欲しいんです。もちろん、それにまつわる危険に自分の責任で対処できて、環境にも負荷をかけないことは大前提ですが。でも、その面白さが広がれば、みんなもっと幸せになるんじゃないかと(笑)。そういう人に向けて服を作りたいし、そういう人がうちの隙がある服を、工夫して使いこなしてくれたら嬉しいですね」。
(撮影協力 田中知彩都 矢島慎一 夏目彰)