登りを強く意識したトレランシューズの新スタンダード、SCARPA の ATOM

登りを強く意識したトレランシューズの新スタンダード、SCARPA の ATOM
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今春から日本でも展開される SCARPA の ATOM は、トレイルランニングシューズの新機軸となるモデルです。

ここ数年、日本でのトレランシューズ人気は、老舗の motrail や新鋭の ALTRA のようなアメリカのメーカーが中心になって牽引してきましたが、SCARPA はイタリアを拠点としています。ヨーロッパのメーカーでは Salomon や La Sportiva が既にトレランシューズの分野で実績を持っていますが、SCARPA もそれらに続く新興勢力としてチャレンジを開始しました。

※編集部注: 本稿は土屋智哉さんの談話をもとに、編集部が文章化しています。

2000年代前半から新たなアウトドアカルチャーとしてアメリカを中心に流行したトレイルランニングですが、近年のレースではキリアン・ジョルネをはじめとするヨーロッパの選手が活躍しています。先に述べた Salomon や La Sportiva といったメーカーは、そうしたヨーロッパ出身のコンペティティブな選手のフィードバックにもとづいたシューズ開発を積極的にすすめています。ヨーロッパの山岳レースでは、北米のように比較的なだらかなトレイルではなく、勾配が急峻なエリアにコースが設定されることが多いです。「vertical(縦方向)」といわれる登りのタイムを競うレースもあり、コースの特性に合わせで競技カテゴリーが細分化されているのもヨーロッパならではの特徴です。こうした傾向は、ヨーロッパの地形ゆえのことでしょう。そのためヨーロッパのメーカーは、急峻な自然環境や細分化されたレースのカテゴリーを意識してシューズをつくっています。

スピーディな登りに最適なソールの硬度

そうした背景の中、 SCARPA がランナーのジョー・グラントとともにつくりあげたのが、この ATOM です。彼はアラスカで開催されるような極限に近いアドベンチャー環境でのレースで活躍するランナーなので、その指向性はアルピニズムやクライミングのような厳しい条件下でのアクティヴィティに重きを置いてきた SCARPA の社風とうまくマッチしているようにも思います。

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ATOM 最大の特徴は、ソールの硬度をかかとから拇指球までの後足部と、拇指球からつま先までの前足部とで大きく変えていることでしょう。具体的には、後足部を硬く、前足部を柔らかくして、指先の接地感を高めつつ動きを自由にし、地面をつかむような感覚をもちやすくしています。

ソール全体を同じ硬度にした場合、岩場や雪上のような場所では、ソール全体を硬くして一点に体重をのせられるとしっかりグリップできます。しかし、ランニングのように瞬間瞬間で接地していくスピーディな動きでは、登りでグッとふんばったときに前足部の剛性がつま先の屈曲を邪魔してしまい、きちんと踏み込めず地面からカツンと弾かれるような感覚を味わうことがあります。クライミングをされる方なら、エッジングの得意な硬いシューズと、抑え込むようにしっかりと踏み込めるスメアリングが得意な柔らかいシューズとの特性の違いになぞらえれば理解しやすいでしょう。なので、トレイルランニングシューズ一般では、拇指球部分を曲げて歩いたり走ったりしやすいように、ミッドソールに屈曲部を設けたり、アウトソールに切れ目を入れたりして、ある程度ソールの柔らかさをだす工夫がされています。その点が、トレッキングシューズやマウンテンブーツなどとの大きな違いだともいえるでしょう。

男性向けモデルのカラー展開はトップ掲載のブルーネイビーと、アビスライム、ターキッシュシ―/フローオレンジの三色。

男性向けモデルのカラー展開はブルーネイビー、ターキッシュシー&フローオレンジ、アビス&ライムの三色。スタンダードなものからスポーティなものまで揃う。

ATOM の場合はそれを一歩進めて、拇指球よりも前の硬度を大幅に柔らかくしつつ、ソール自体を薄くしています。これで踏み込み時の屈曲性だけでなく、指先感覚と言われるような接地感を高めています。指先で地面を掴むような感覚でグイグイ登れるわけです。そして拇指球より後ろの後足部は、硬めのソールと踵側を包み込むようなサポートバンドとで、踵の上下動に追従するように設計されています。登りの際に前足部でふみこむと、踵が上に跳ね上がるりますよね。そのときにシューズが踵に付いてきて、動きをサポートしてくれるのです。

なお、踵側からミッドソールにつながるように配置されているサポートバンドは、クライミングシューズのラバーバンドほどではありませんが、それと同じようにつま先側に力を集約させる機能を意識してつけられているはずです。踵側からつま先側にぐっと押し付けるようなイメージですね。このように、ATOM はしっかりと前足部で地面をとらえて踏み込んでいくためのシューズであり、縦方向の移動が続くヨーロッパのバーティカルレースを意識したモデルなのです。

登りに強いシューズと日本の自然の相性

では、なぜこれを日本で、ランナーだけでなくハイカーにも提案するのか。そもそも登りの動きは、レースのみならず登山一般にも共通していますよね。特に日本の山岳地は急峻ですし、登山道の多くは頂上を経由するようにルートがとられています。昔からジョギングシューズで山を歩いていたクライマーも多かったですが、現在ではトレイルランニングシューズで無雪期の山登りを楽しむ方がさらに増えています。そうした背景をふまえると、登りを意識して前足部へ力を集約させられる構造をもつこのシューズの強さが発揮される場面は、日本の自然でも多いのではないでしょうか。

ちなみに、前足部で踏むことを前提としたシューズには、下りでもメリットがあります。下り道では腰が後ろにひけて踵側に重心がきたときこそスリップしやすいので、できるかぎり前足部に体重をのせたほうが安定して歩けます。前足部への荷重を感じやすいこのシューズは、そうした動きにも適しています。

女性向けモデルもあり(一色のみ)。

女性向けモデルもあり(一色のみ)。

実際に履いてみると、やはり足裏感覚の強さ、特に指先周辺の接地感が強く実感できます。トレランシューズのようにソールのやわらかい靴は、トレッキングシューズやマウンテンブーツと違って、接地時にどうしても力が分散される傾向にあります。ですので、「踏む」という意識を持たないまま漫然と足を置くと、滑ってしまうこともあります。一方ソールの硬いトレッキングシューズやマウンテンブーツは力を一点に集約しやすいので意識しなくてもグリップしてくれる。「トレイルランニングシューズに切り替えたら滑りやすくなった」という方のほとんどは、その意識のシフトができていないのでしょう。

言い換えれば、トレイルランニングシューズの場合は、足裏から得られる情報をもとに、自分が今どこをふんでいて、どの部分に力を込めればいいのかを判断しながら動けば、高い自由度とグリップ力を両立できるのです。それを端的にカタチにしているのが山仕事でも長らく使われている地下足袋です。足裏感覚の強いこのシューズは、そうした道具を古くから使ってきた日本人のフィーリングともマッチしやすいのではないでしょうか。なお、ラストの幅も広めにとられており、SCARPA のトレイルランニングシューズのラインナップの中では最も幅が広くなっています。日本人の足型にも合いやすいでしょう。

ジョー・グラントの個性をふまえて靴の特色が明確になり、なおかつその志向が、山遊びに登りが必ず組み込まれる日本で使えるシューズの要件と合致している。トレイルランナーやULハイカーだけでなく、登山畑の人にも理解してもらいやすい靴になると思うので、ぜひ注目してほしい一足です。個人的にも気に入って、昨年の夏からずっと使っています。

さらに、ATOM は SCARPA の新しいトレランシューズ展開の中心に位置づけられるようです。すでにアイスグリップとアウトドライによる防水機能を持つゲイター付きの冬用モデル、ATOM-S も発売されています。こうした派生モデルは次の冬にもどんどん発売されるそうなので、今後の展開を追う上でも、基本モデルとなる ATOM を試して、その特性をしっかりおさえておくことをおすすめします。

製品名
ATOM
メーカー
SCARPA
価格
¥15,000(税別)
購入
Hiker’s Depot ほか
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